ここではタイポグラフィーの基礎を取りあげましょう。必修事項というわけではありませんが、興味をそそられるフォント愛好家は多いはずです。
フォントの分類法はいくつかあります。まずは「等幅」フォントおよびプロポーショナルフォントという分けかたです。等幅フォントとは個々の文字幅が等しいフォントのことで、タイプライターで打った文章のような外見になります。テキストエディタやコンソール画面には適しているものの、長い文書の本文には向いていません。これと対になるのが、文字幅に差があるプロポーショナルフォントです。たいていはこちらを利用するのですが、等幅フォントにも使い道はあります(例えば、マニュアル文書で例として挙げるシェルコマンドを等幅フォントで記述する)。もっとも有名な等幅フォントは Courier でしょう。
セリフ(serif)というのは描線の先端についている小さな鉤のことです。Times Roman のようなフォントの i を例に取るなら、縦棒の両端にある出っ張りがセリフですね。一般的にはセリフフォントのほうがセリフなしフォントより読みやすいと考えられています。セリフフォントは多種多様です。
サンセリフ(sans serif)フォントはこういう鉤がついていないフォントのことで、それだけに見た目があっさりしています。長い書物の本文に使用されることはまずありませんが、ある程度読みやすいサンセリフフォントであれば、斜め読みや走り読みが当たり前の文章(Web ページ、カタログ、販促パンフレットなど)には適しています。また、コンピュータ画面の表示用フォントとしても使えますし、とりわけサイズが小さいときには威力を発揮します。細部まで凝っていないせいで、かえって表示が鮮明になるのです。Microsoft などは、極小サイズでも画面上で読みやすいフォントとして、自社製品の Verdana をさかんに売りこんでいます。
サンセリフフォントの代表格は、Lucida Sans、MS Comic Sans、Verdana、Myriad、Avant Garde、Arial、Century Gothic、Helvetica といったところです。ちなみに Helvetica は一部のタイポグラファーに有害視されています。いささか多用されすぎているため、利用を控えるようユーザーに呼びかけているタイポグラファーの著書も少なくありません。
old style フォントは 15 世紀後半から伝わる由緒正しい書体を踏襲しています。デザインは概して地味で、非常に読みやすいものばかりです。長い文書にはうってつけでしょう。「オールドスタイル」という名称はフォントのスタイルに由来するもので、考案された時代から命名されたわけではありません。old style の定番フォントには、Goudy Old Style をはじめとして、20 世紀に考案されたものもあるのです。old style に分類されるフォントには次のような特徴が見られます。
くっきりと形よくデザインされたセリフ。
斜線の強弱。仮に万年筆でフォントを描くとしたら、左上 45 度の線を太く、右上 45 度の線を細く引くこともできますね。old style フォントの見た目は往々にしてそんな感じです。
読みやすさ。old style フォントはほぼ例外なくとても読みやすい。
微妙かつ控えめなコントラスト。太い線と細い線があるとはいえ、ウェイト(太さ)のコントラストは微妙であって、あからさまではない。
old style とは対照的なフォントです。old style に比べると概して個性が強く、主義主張を感じさせますから、長文の組版よりは文書の味つけに役立ちます。とはいえ、何事もはっきりと割りきれるものではありません。Computer Modern や Monotype Modern、New Century Schoolbook のように格別の読みやすさを誇る modern フォントもあるのです(ウェイトのコントラストをやわらげることで読みやすくしてある)。modern フォントは 19 世紀以降に普及したデザインをベースにしています。主な特徴は以下のとおりです。
控えめなセリフ。細い横線のみであることも多い。
縦線の強調。縦線は太く、横線は細い。
太い線と細い線を比べた場合、コントラストのはっきりしているものが多い。
ウェイトのコントラストがきついものは old style フォントほど読みやすくない。
transitional フォントは modern と old style の中間に位置づけられます。読みやすさの点では old style に近いものが少なくありません。しかし、デザインはもう少し最近のスタイルに基づいています。modern 寄りの傾向はうかがえるものの、modern よりはずっと微妙な味のあるフォントです。代表例は Times Roman、Utopia、Bulmer、Baskerville といったところ。このうち Times は old style 寄りですが、Bulmer はきわめて modern 風です。
old style の洗練されたセリフや、modern の一部に見られる細いセリフとは違って、ブロックのような太いセリフがついていることから、slab(厚板)serif の名があります。見た目はえてしてがっちりしており、かなり読みやすいものが大半です。slab serif にはエジプトがらみの名を授かっているもの――Nile、Egyptienne など――がいろいろとあります(実のところ、エジプトとはまったく無関係なのですが)。この種のフォントの強みといえば、(コピー文書や新聞記事など)かすれがちな印刷物を読みやすく仕上げられることでしょう。なにしろ見た目のがっちりしたフォントなのです。代表格は Clarendon や Memphis、Egyptienne といったところで、それ以外にはタイプライター用のフォントが数種。slab serif には等幅フォントが数多く見受けられます。逆に言えば、等幅フォントの大半(ほぼすべて)は slab serif です。
意外や意外、サンセリフフォントの台頭は割と最近の出来事です。先陣を切って有名になったものは、いずれも 19 世紀ないし 20 世紀初頭に考案されています。古くからあるのは Grotesque や Futura、Gill Sans といったところです。この三つはそれぞれ、サンセリフフォントの種類である "grotesque" "geometric" "humanist" を代表しています。
「グロテスク」などと命名されたのは、かなりそっけないデザインが当初はいささか衝撃的だったからです。セリフの欠如とシンプルで無駄のないデザインが相まって、見た目はごくあっさりしています。「眼前に迫りくる」ような外見は見出しにもってこいです。また、コミックや販促パンフレットのように本文の分量が少ないものには、grotesque の中でも読みやすいタイプのものがしっくり来ます。grotesque は geometric ほどお上品には見えません。geometric に比べると、ウェイトに変化がついていて描線の数も多く、(あれほど丸みのある弧を使わないせいで)角ばっています。大文字の G や小文字の a も geometric とは別物です。ミニマリズム的なところがあるとはいえ、無謀なまでに前衛的な geometric ほど極端に走っているわけではありません。
grotesque の代表例としては、使われすぎの Helvetica をはじめ、Grotesque、Arial、Franklin Gothic、Univers があります。
Futura は「形は機能に応じて決まる」という主張を掲げて登場しました。geometric フォントは見るからにミニマリズム的です。主な特徴としては、均一な線の太さ(ウェイトの欠如)が挙げられます。この一面がとりわけはっきりうかがえるのはボールド体で、grotesque や humanist のボールド体ではよくウェイトに変化をつけてありますが、geometric ではめったに変化が見られません。また、デザインに見てとれる正真正銘のミニマリズムも特筆すべき点でしょう。文字はほぼ例外なく、縦横の直線および(しばしばコンパスで描いたように見えるほど)丸みを帯びた弧で構成されています。使われている線の数も最小限でしかありません。のちにモダンアート界を席巻するミニマリズム思想に忠実なせいで、いかにも現代的な外見です。geometric フォントのトレードマークは大文字の G で、二本の描線――湾曲のきつい長めの弧と横線――がミニマリズム流にあしらわれています。もうひとつ目立つのは小文字の a で、縦の直線に円がひとつと、これまた二本のシンプルな線で描かれたものです(別にもうひとつある a の文字は複雑すぎるせいで使用されない)。geometric フォントの代表例としては、Avant Garde や Futura、Century Gothic があります。
名前から察しがつくかもしれませんが、humanist フォントはあまり無機質でない外観をめざしてデザインされました。grotesque や geometric に比べれば、セリフフォントに似た特徴の多いフォントです。見た目は「ペンで描いた」ようだと言われています。微妙にウェイトの異なる描線をあしらってあるのが特徴で、ことにボールド体ではその傾向が顕著です。曲線の部分は geometric よりずっと柔軟性を備えています。しばしば humanist フォントの目印となるのは、「二階建て」になっている小文字の g で、セリフフォントの old style に使われている g と同じ形をしています。humanist は比較的 old style と相性がいいので、文書の体裁を損ないたくなければ、一番手頃なフォントです。
書体を配置するのは容易なことではありませんから、同じページに多くの種類を使いすぎるのは避けるほうが得策です。書体をふたつ選ぶとしたら、セリフフォントとサンセリフフォントをひとつずつにするのが妥当でしょう。Monotype の Typography 101 ページでは、分類別の組み合わせが論じられています。それによれば modern と geometric は相性がよく、old style と humanist もよくなじむそうです。humanist は transitional とも釣り合います。また、slab serif は grotesque と合うし、ものによっては geometric や humanist とも調和するとか。
ここまで読めば、Monotype の基本的な方針はだいたい理解できますね。割と地味なセリフフォントはごく普通のサンセリフフォントと組み合わせていますし、派手なセリフフォントの modern は「アヴァンギャルド」な雰囲気の geometric と対にしているわけです。
文字間のスペース設定にはありとあらゆる問題がつきものです。例えば fi の二文字をきちんと組むには、f と i をごく近くまで接近させる必要がある。ところが、いざそうすると i の点は f に接触してしまうし、縦棒の上端についているセリフは f の横棒とぶつかってしまう――。この問題を解決するため、フォントのセットには合字というものが収録されています。例えば fi の合字は一文字として扱われ、fi という二文字の代わりに使用できるのです。たいていのフォントには fi と fl の合字が含まれています。また、後述するエキスパートフォントには、ffl や ffi といった合字や、点のない i が追加されていることもよくあります。
スモールキャップフォントというのは、小文字の代用品となる縮小された大文字のことです。これは強調すべき見出しを書くときに重宝します(LaTeX でよく使われる)。スモールキャップで見出しを書くときは、各語の先頭に通常の大文字を用い、残りの文字にスモールキャップを当てるのが一般的です(この場合は「タイトル文字」と呼ばれる)。こうしておくと、通常の大文字を羅列するよりずっと読みやすくなるという利点があります(組版の観点から言えば、大文字ずくめは御法度なのです)。
エキスパートフォントは書体を補完するオマケのセットです。合字や装飾文字(書体に付属する小さな飾り罫一式のようなもの)、スモールキャップフォント、スワッシュキャピタル(派手に飾りたてられた巻きひげ文字)などが含まれます。
プロポーショナルフォントの字間はメトリクス情報によって定義されます。メトリクスに含まれているのは、フォントのサイズに関する情報と「カーニング」情報で、後者によって設定されるのがカーニングペア――特殊な字間を取るよう定められている文字の組み合わせです。例えば To という二文字を並べる場合、字間スペースの設定として適切なのは o の一部が T の傘にもぐりこんでしまうような配置ですから、To はたいていカーニングペアに指定されているわけです。LaTeX のような文書整形プログラムが行やページの区切りを決めるには、カーニング情報を読みこむ必要があります。WYSIWYG 流の組版プログラムでも同じことです。
フォントを定義する要素としてもうひとつ重要なのは、フォントの輪郭、すなわち形態です。フォントの形を決める各要素(一画一画の描線、強調部分など)は「グリフ」と呼ばれます。