ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち

ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち レビュー記事

[ ブックレビューコーナー 目次 ]

株式会社オーム社 様のご厚意により, 書籍 "ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち" を ブックレビューコーナー にご献本いただきました. この本のレビューをして頂くべく, Linux Users ML や本サイトにおいて 公募 を行い, これにご希望頂いた方々より感想などをレビュー記事にまとめていただきました.

ここに, レビューアの方々から寄せられたレビュー記事を公開します. (原稿到着順)

オーム社 様および レビューアの皆様のご厚意に感謝いたします.

なお, 以下のレビューは初版を対象としています.


Reviewed by 福澤 俊 (yukichi@gmail.com) さん (HomePage)

「部分的に難あり」

Linux の使用歴
2 年
UNIX の使用歴
0 年 (無し)
Linux Box の主な用途
家庭でのデスクトップ用途
Linux 以外に利用している OS
Windows 2000 (仕事用), Mac OS X 10.3 (家庭での趣味用)
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
Linux (Fedora Core):Windows 2000:Mac OS X = 4.5:4.5:1

この本を批評するのは非常に難しい. ここに収められたエッセイは作者が自身のサイトで単発的に発表してきたもので, 内容も観点も長さもバラバラ, おそらくは気分も調子もバラバラに書かれたものだろう. したがって, これを一冊の本として批評するのはある意味問題があるのだが, それでも, こういう形で出版されてしまっているので, そのまま批評させてもらう.

この本の白眉は何といっても第 5 章, 第 10 章, 第 11 章, 第 12 章, 第 13 章, 第 14 章の, 自身の経験を元に語った章, 及び Lisp に関する章だろう. 僕はプログラミング言語についてくわしくないので, Lisp と他の言語との比較を語った箇所について立ち入った批評はできないが, それでも, 一読の価値はあると思う.

第 5 章, これがおそらくは一番面白い章だろう. 自身の作品である Viaweb というオンラインショップ構築ツール立ち上げの経験を元に, ウェブベースのソフトウェアにおける, ある意味標準的な, しかし真っ当なことを丁寧に語っている. ここであげられているウェブベースのソフトウェアの利点が有効に活かされている例は, いくらでも思い浮かべることが出来る. Google しかり, はてなしかり. 既存の抵抗勢力も含めて, ここで述べられる程簡単に各種ソフトがウェブベースに移行するとも思えないが, それでも, ここで彼が言う素早いデバッグ, 自在なリリース体制というのは, 小企業にとっては十分過ぎるくらい有効な戦略だろう. ここで, 昨今話題になっているリッチクライアントについて語られていないのは, 惜しいところ (それにしても, P.83 で「デスクトップソフトウェアを書こうと思ったら, マイクロソフトの土俵にあがらなくちゃいけない」といって, ウェブベースのソフトウェアを書くことの優位さをアピールしているが, じゃあ, ブラウザを作るには, どうしたらいいのだろう?).

その一方, 第 1 章などの, まるで「ハッカー = オタク」という単純化された構図を生みかねない章は, あまり感心しない. 少なくとも, この構図は既に通用しないと僕は考える. 例えば, 反例として, 僕はオタクではないハッカーを少なくとも一人知っている. 彼は, 明朗な話しかたをするし, 見た限りでは, 社交性も十分ある. 一昔前まで (90 年代前半くらい?) はパソコンそれ自体が高価で, そういうものを買える, または買おうとするのは, 一握りだったし, (個人的な印象として) プログラミングという行為自体が, オタク青年の孤独な趣味であったとは思う. しかし, 現在のパソコンと言うものはそれ自体が広く普及し, プログラミング環境それ自体も成熟してきている. 普通の生活者からプログラマーになるまでは, ほんの一歩なのだ. 母体が増えれば, 中には才能ある人物も少しずつ出てくるだろうし, そういう人がいわゆるハッカーと呼ばれる腕前を持っても不思議ではない. 例えるなら, 図画工作の得意な人物を考えればよいだろう. そういう意味で, 僕は「ハッカー = オタク」という構図は時代遅れであり, これを通して今後のハッカー像を考えるのは, 危険であると思う.

それから, 第 6 章の, ベンチャー企業における経済の問題の分析もいただけない. 労働と経済価値の問題を語っているが, 自身の経験だけに基づけばいいものの, 無理に一般化しようとしているがために, やけに眉ツバモノの論証となっている. P.96 の「お金は富ではない」などの, まるでわかったかのような分析は, 実はてんで当てにならない. 「お金 (貨幣) は比較的最近発明されたものだ」とあるけど, 何を背景にこれを語っているのだろう? こういう分析は専門家に任せるのが一番だろう. ちょっと資料をネットで漁るだけでも, 貨幣は日本では 708 年から, 世界史的には, 紀元前 1500 年からあると知られる. こういう点で, このエッセイは減点されてしまう. P.29 の注釈だって, 写真と絵画の相互関係を考えれば (例えば, 写真機発明と印象派の勃興期は重なっており, エドガー・ドガなどは, 写真を元に絵を描いていた), 冗談でもこういうことは書けない. そういう点で, ところどころ問題を感じないでは無い本であり, やはり, 素人のエッセイ集といわざるを得ない.

以上が全体の批評になる. 総論としては, ハッカーやプログラマーと言った人物に興味のある人達にはある程度お薦めできるが, 鵜呑みはできないだろう. 読む人が読み出して, その価値がはっきりする本ではあると思う.


Reviewed by 寺田浩之 (hissan1983@hi-net.zaq.ne.jp) さん

「一度に読むのは疲れるが是非読破して欲しいおもしろい書籍」

Linux の使用歴
5 年
UNIX の使用歴
無し
Linux Box の主な用途
ネットサーフィン, レポート作成, プログラミングの勉強
Linux 以外に利用している OS
Windows2000
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
Linux:Windows2000 = 3:7

はじめに

私は現在大学在学中だが, 将来是非ベンチャービジネスを起こしたいと思っている. そしてベンチャービジネスを成功させるにはやはり人と違うことを考え, それを商品化しなければならない. だが人と違う発想をしろと言われても自分もその人なのでそうそう思いつくものではないだろう.

それで今の勉強できる時間のあるうちに少しでも発想の引き出しを増やそうとしているときに本書籍が紹介され, ブックレビューさせていただく機会をいただいた.

概要

本書籍を読んだところ, やはり訳本ということもあってか筆者と日本人の私の一般常識の違いが所々にあるようで, 注釈が足らなかったり, 注釈の中にも筆者あるいはその国の方にしか分からない事がいくつか書かれていて, 最初は読みにくさを感じたが そういった事は無視しながら読んでも十分ためになり, 注釈に無いことも今では OpenWiki 等便利なウェブサイトがあるので, 自分で調べていくとどんどん楽しく読めるようになってきた.

実際に読んでみて

みなさん普通は書籍を読む際, 1 章, 2 章, …と読んでいくと思われるが, この書籍の場合 1 章からしっかり読もうとすると疲れてしまうかも知れない. 1 章はなぜ能力の高いオタクはもてないかという話題なのだが, アメリカではフットボールの選手がもて, その周りにチアリーダー達が集まり, もてたい人達はみんな同じようになるように書かれているのだが, 日本の場合これがバスケットやサッカーになるのではないだろうか. またチアリーダー達が群がるというような事もあまり聞いたことがない. このように直接その光景が想像できないと読んでいて思考が必死に働くのだろうか, 意外と疲れてくる. これでは後の文章で公正な評価ができないと思ったため, 私の場合一度 2 章以降を読み進めてから 1 章を何度かに分けて読み直した. 書かれている内容は決しておもしろくないわけではなく, じっくり読んでみるとたしかに興味が持てておもしろい. しかし, この内容で 15 ページはちょっと長すぎるのかも知れない.

この後の章では, 物事をどう「認識」するか, そして 2 者の「認識」の違いといった内容が書かれている. たとえば研究者のしたいことに対して, 企業が研究者に求めるもの. プログラマーがしたいことと企業が求める製品の違いなどだ.

その中で, 自分の好きなようにプログラムを書いたり改良していくハッカーと, 自分の好きな絵を自分の形で表現していく画家の共通点が書かれていて, ここでハッカーについていろいろ再発見させられるところがあり, 非常に興味を持てた. 私は特に 2 章から 5 章までの範囲が一番読んでいて興味深かった.

まとめ

この書籍は参考書というわけではないので, そのつもりで読むと完全に期待はずれになってしまう. しかし, 私のように発想の引き出しを増やし, 物を見る視点をもっと高くて見晴らしの利く位置に持って行こうとしている人には是非おすすめできる書籍である.

この書籍は読んでいて創造意欲を駆られる書籍だった. 誰に言われることもなく自分が作りたいと思った物を自分のペースで作ることの楽しみが想像でき, またそれを仕事にしてベンチャーを成功させるという夢も与えてくれる.

ハッカーを目指す人がこの書籍を読み, ハッキングだけに終わらず将来の夢につなげられたら良いと思う.

また, 少しでも多くの人がこの書籍を読むことで今日のハッカーとクラッカーが誤用されている認識間違いが少しでもなくなり, ハッカーと言えば尊敬されるようになることを願いたい.


Reviewed by 前田利之 (maechan@i.am) さん

「ほんとうに hack について考えてみる本」

Linux の使用歴
12 年
UNIX の使用歴
18 年
Linux Box の主な用途
計算機ですることほとんど
Linux 以外に利用している OS
Solaris, Windows (2000, XP)
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
6:4

この本を読んで

自分は人にもの (主にプログラミング技術) を教えることを業としている者です. 普段から人に「真のハッカーとは (善悪はおいといて) コンピュータにたいして好奇心をもって日々探求している人」と説明していますが, なかなか直感的に理解してもらうのは大変です. 彼らには hack するという経験も, 自分の近隣に hacker がいるということもないので, ある程度はしょうがないかもしれません. 私自身は hacker になりたいという思いはありますが実力は伴っていないので, なかなか難しいものはありますが, この本の読者が「真のハッカー」というものを理解して, そのなかの何人かが hacker になっていってくれることを願うものです.

自分が特に気にいった章は, 6 章の「富の創りかた」と, 9 章の「ものつくりのセンス」, あと, まとめとしての 16 章「素晴らしきハッカー」です. 「お金は富ではない」, 「技術は梃子」, あと「良いデザインは…」など, 味わい深い言葉が他にもたくさんあります.

ただし書き

hack は art だし, その活動は自由であるべき, というのはその通りだと思うのですが, 正直なところ, この本を鵜呑みにして, 自分もいっぱしの hacker 気取りになる人が増えるとすれば, それは困ったものです. 野球選手がみんなイチローになれないのと同様, プログラマについても天賦の才能があり, それをさらに努力で伸ばせる者だけが「一流」になれる, ということです.

あとプログラムにとって eval が本質であるというのは同意ですが, 個人的には lisp の括弧だらけなのは趣味じゃないので, あまりお勧めされても…という感じはありました. 個人的お勧めは perl でしょうか.

こんな人にお勧め

こんな人にはお勧めできない

おわりに

この本を読んだ人がだれでも hacker になれるわけではないですが, 一流にふれる, ということは実に意義のあることだと思います. プログラマとして向上したいと思っている人は必読だと思います. 逆に, この本を読んでもあまり感じ取れるところがないとしたら, その人はプログラマは向いていないのかもしれません.


Reviewed by 黒坂肇 (kurosaka@10art-ni.co.jp) さん (HomePage)

「ハックすることで, その面白みが増す『技術系エッセイ本』」

Linux の使用歴
6 年
UNIX の使用歴
今は使ってません.
Linux Box の主な用途
仕事
Linux 以外に利用している OS
Windows 2000/XP
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
サーバ用途 9.9 : 0.1 , デスクトップ用途 0.1 : 9.9

どんな本?

本書は良質な技術系エッセイ集です. そして, ハッカーの住まう世界に生きる人々への, ある意味, 一つの指南書であるかもしれません.

幸運なことに本書の日本語訳は「英語をそのまま日本語の話し言葉に訳しました」と言うものであり, 集中して読まないと何のことかサッパリ分からない文章も多々見られます. 「幸運」と書いたことについての反対意見もあるかもしれませんが, エッセイの形を取っていようとも, 日本語訳された技術文書とは本来そういうものであり, もし, 読後に読みきったという達成感を感じたなら, これであなたも初級ハッカーの仲間入りです. そう, この小難しい文章が載る本をハックしたのですから.

誰が読む本?

本書の中盤以降から始まる, プログラム言語の話は, 確かにそれら技術に通じた人でないと理解できない部分も多いかとは思います. しかし, 巻末に用意された筆者独自の用語説明を片手に, これら小難しい文章を読み解いていくことは十分に可能ですし, 技術論に終始しない何かしらの刺激を感じることはできるはずです. もちろん, ハッカーやハッカーに近い方々にしても, この本を読めば少なくとも「そういう考えもあるのか」「真実はそうではない!」などという感想, 批判を持ち, 気がつけば本書の術中にはまっていく, そんな感じの本なのではないかと, そう考えます.

内容と読後の感想

全体の流れとしては, ハッカーが生まれる社会的環境やハッカー自身の特徴の話から始まり, 筆者のビジネス成功経験をもとにした「常識を覆すこと」や「富」や「センス」といった話, そして, 次第に Lisp を主とするプログラム言語, 言語論へと話は推移していきます.

元々, 筆者自身の成功談話や自慢話, 宗教的な Lisp 崇拝論を予測して読み始めた本書でありましたが, 読み進めてみるとそのようなことはなく, 「確かに」とか「そう言われてみるとそうだ」と思わず頷いてしまう面白いトピックスが満載であります. たとえば「何故アメリカ人はソフトウエアを作るのが上手いのか?」 「100 年後の世界で使われるプログラム言語とはどんなものか?」などに対し, 思わず唸ってしまうような筆者なりの回答が用意されていて, しかも, その回答は確かに理にかなったものなのです.

なお, 副題にある「普通のやつらの上を行け」が全体的なテーマに進んで行くのかと言うとそうではなく, 一つ一つの章の関連性は薄くもあります. ですから, 「普通のやつらの上を行け」とか「ハッカーと画家」というキーワードに過度な期待は禁物です.

ともかく, この本の全体に漂う「俺の本をハックしてみろよ!」という一貫した挑戦的メッセージに対して, 言葉で, 文字で, 思考で, 応じてみたくなるという不思議な力を持った本であるというのが, 読後の素直な感想であったりします.

最後に

本文のみならず, 脚注にある数々のエピソードや巻末の用語集も抜けなく読んでみることをお勧めします. これが思った以上に面白いし, 本文を本当の意味で補完するエピソードや筆者なりの説明であったりもします.

最後に, 再度言わせていただきますが, 本書はハックすることで, その面白みが増す本だと思います. 一度本書を手に取ったら, 途中退場なきよう, ハック魂を胸にページをめくり続けることをお勧めします.


Reviewed by 藤田 裕二 (fujita@connectous.co.jp) さん (HomePage)

「正直, はまりました.」

Linux の使用歴
9 年
UNIX の使用歴
12 年
Linux Box の主な用途
業務における開発, 日常のデスクトップ用途
Linux 以外に利用している OS
なし
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
10:0

はじめに

全体としては, 非常に刺激的な内容で, 疑問の余地なく面白い. それに, この本は読者をやる気にさせてくれる. 実際にベンチャーを経営している自分にとっては, 「多くのベンチャーの運命は攻撃し, 倒れるというものだ. それは蚊と同じだ.」 と言われても, 蚊と同様, あまり私のなぐさめにはならない. それに, ベンチャーの利点を実感していたとしても, これを実行するのは難しいものだ. だが, 本書は別の箇所で私に十分なやる気をもたらしてくれた.

「やる気」, これは「美」や「富」と並ぶ本書の主要なテーマの一つだ. 川合氏の訳者あとがにもあるように, この本は読者に何かをやる気にさせる. たとえば日々の開発業務に忙殺されていると, 「プログラミングとは何か」 といった深遠な問題を考えてみる気にはなかなかならないものだが, この本は, そういった大きな問題を考える気にさせてくれる.

LISPの伝統

本書を読んで私がやる気になった事の一つは, 本書のタイトルともなっている第 2 章「ハッカーと画家」 で引用されている, H. Abelson と G. J. Sussman の 『プログラムの構造と実行 (Structure and Interpretation of Computer Programs, 以下 SICP 本)』の再読だった. 『ハッカーと画家』と SICP 本の間には, 一つの本質的な共通点がある. それは, 「プログラミングは楽しい」という基本的な態度である. 2 章で SICP 本の有名なくだりが直接に引用されているのを見て, 「やっぱり」と思った人も多いのではないだろうか. これは私の憶測だが, Eric Raymond が「ハッカーになろう (How To Become A Hacker)」の中で「LISP を学べ」 といった理由の一つは, SICP 本の存在にあるのではないかと思っている. 本書と SICP 本の違いは, 本書はプログラミングの楽しさを, 富を生み出したり社会を変革するという成果によって語り, SICP 本は扱う課題と掲載されたコードによって語るという点だろうか.

何故おもしろいのか

SICP 本同様, 本書は情報処理技術としては非常に高度な内容を含んでいる. それにもかかわらずとても解りやすい印象を与えるのは何故だろうか? 本書に実際に書かれた内容全てを正確に理解するには, プログラミング言語を新たに設計し実装できるほどの技術, 経験, ガッツが必要だ. しかし, それがなくても主要な主張があるていど理解可能であり, 面白いという印象をもつことができる理由の一つは, 誰もが漠然と思ってはいても, 必ずしも言語化して明確に認識していない内容を前面に据えているからだろう. 以前から思っていた似たような事をこの本に触発されて, より明瞭な形で再発見するというところに本書の面白さの一つがあるように思う.

本書に関して私が好ましく思うもう一つの点は, その主張の密度の高さである. テーマは刺激的で, これを注意深く選ばれた必要最小限の簡潔な表現で記述している. アメリカのジャーナリズムでよくみかけるスタイルとはまさに正反対のやりかただ. 9 章「ものづくりのセンス」の中でデザインについてなされた主張が, そのまま文章表現において実践されており, 内容以外に, 読む事自体が快楽となるような水準を達成している. そして, この点においては川合氏の訳文もまた, Graham 氏の文体を見事に継承した, 素晴らしいものだと言える.

私が彼の文章に初めて接したのがこの「ものづくりのセンス」だった. 美的センスを含意したデザインという観点から, プログラミングのありかたを考えるのは, 非常に刺激的で有意義な試みだと思うが, 私は絵画以上にプログラミングと関連の深い技能が他に存在すると思う. それは料理だ.

「計算機科学」とハッカー

そんな私の個人的な意見はさておき, 書評に戻ろう. 著者の言うように, LISP が今も新しいのはそれが数学だからという主張に私も基本的に賛同するが, 筆者が LISP に幾分例外的な地位を与えようとしているようにも見えるところにはやや違和感をおぼえる. プログラミング言語の多くは, ある特定の問題を解決するために作られるのであり, これは LISP においても例外ではなかった. ただ, その問題が, 計算可能性に関する理論的研究という 非常に抽象的なものだったという点で特殊だったとは言えるかもしれない.

計算可能性に関する理論的研究 (乱暴に言えば一種の数学だ) を行っている場所の隣に実物のコンピュータが存在するような環境で LISP は誕生したわけだが, もし, そんな環境がなかったとしたら LISP は生まれなかったかもしれず, λ calculus はチューリングマシンの風変わりなバリエーションの一つでしかなかったかもしれない. 「ハッカーと画家」のなかで著者は「計算機科学」という用語に異義申し立てをしているが, この LISP の生い立ちは, 「計算機科学」の存在の一つの有力な言い訳として使えるのではないかと私は考えている.


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