株式会社オーム社 様のご厚意により,
書籍 "UNIXという考え方" を
ブックレビューコーナー にご献本いただきました.
この本のレビューをして頂くべく,
Linux Users ML
や本サイトにおいて
公募
を行い,
これにご希望頂いた方々より感想などをレビュー記事にまとめていただきました.
ここに, レビューアの方々から寄せられたレビュー記事を公開します. (原稿到着順)
株式会社オーム社 様および レビューアの皆様のご厚意に感謝いたします.
また, 監訳者である芳尾 桂氏による本書のサポートページ 「UNIX Philosophy 翻訳ページ」 が公開されています. 是非あわせてご覧ください.
なお, 以下のレビューは初版を対象としています.
コンピュータ関連書籍を選ぶときに, 最新の情報や設計思想が紹介されていることを以て『良書』とするなら, 残念ながら本書はそれに当てはまらない. ここで紹介され展開されているのは, いわゆる "UNIX 使い" にとって非常にオーソドックスかつ古典的な手法であり, その哲学であるからだ. 150 ページ足らずの内容のどこをめくっても「読者だけに教える最新知識」は載っていないし, 「これからは xxxx が世界を制するであろう」といった挑発的な啓蒙や予言が記されているわけでもない.
だが本書の具体的で地道な論理を追っていく内に, 読者はそこで展開される世界観, 方法論の中に極めて今日的な価値を見いだすことだろう. それは UNIX 使いのみならず, 私を含めコンピュータソフトウェアの思想, 哲学を学ぼうとする他分野の人たちにとっても十分に有用なものであるはずだ.
冒頭でも述べたとおり, 本書は紙数 150 ページほどの, 一見軽い印象 − 表紙の装丁と腰帯のコピーはそうでもないが − を与える本である. 「入門者用の読み物なのだろう」そう思って手にとる読者 (私も含め) は大きく裏切られることになる. そこに述べられている内容はシンプルで明解で, そして硬派だ.
最初に「UNIX の方法論」を 9 つの項目にまとめ, 後にそれぞれを章だてて解説していくことで, 読者に今何が論点であるのか, 何について述べているのかの把握をし易くしている. ソフトウェア解説の書籍にありがちな浮ついた賛美主義とも回りくどい蘊蓄紹介とも無縁で, その簡明で素朴な論理展開は, 本文で繰り返し述べられる「小さく, 早く, 寡黙に」という考え方を具現化しているようにも思える.
序文のことわり書きの通り, UNIX のコマンドやソフトウェアを実際に使用している事を想定して進められる章 (5〜6 章辺り) には多少ひっかかる人もいるかもしれない. だが種々の具体的な事例 (コマンドの現場での運用法だったり, Atari2600 のソフト設計思想だったりする) が挙げられているので, 全体を読み進めていけばよく理解できるようになっている. "哲学" の解説書でありながら, 漠然とした観念論に終わらず, 具体性, 実効性を基本に於いて分かりやすい著述を試みた点でも, 本書は画期的なものと言えるだろう.
だが正直なところ, いくつかの不満点も残らないではない.
その一つは紙面のビジュアル的な構成が非常に平坦で, 内容上の章立てが活かされずに本として読みづらい印象を与えているのではないかという点. また本文に付された原注, 訳注ともに拾いにくく, 実用性に乏しいという点. 端末上の電子ドキュメントと大差ない "見せ方" では, せっかく印刷媒体としての本にした意味が薄れてしまうように思う.
本書が「UNIX の方法論」について画期的な視点と再評価の道を啓いたのと同様に, 本というメディアの「物質的, 視覚的側面」についてもっと検討と前進がなされてもよかったのではないか.
私が国文学科の学生として本書に興味を持ち, ブックレビューを志望させていただいた理由の一つに, コンピュータのソフトウェア・ハードウェアの設計思想, 哲学に関する書籍が意外なほど少ない現状があった. 特にネットワークとメディア, そこで流通する情報や作品に対する研究・批評は近年非常にさかんだが, そのバックグラウンドであるはずの技術思想, または開発者や技術者達の哲学については紹介も検討も僅少に止まっている.
これから重要となってくるのは, Alan Kay や Richard Stallman ら「教祖」の生い立ち, 哲学を追うことだけで無く, "コンピュータ社会" の根幹で活躍する, 無名だが有能なプログラマ達がどのような哲学で何を産み出しつつあるか, その全体像を把握する努力ではないだろうか. その研究をする上で本書は十分に画期的であり, 有用である. 特にこれまで開発者同士や研究室内のジャーゴンに過ぎなかった数々の定理を文章化した意味は大きい. 「当たり前」のことこそ, 言葉にするのは難しいのだ.
またその際, 内容の具体性と分かりやすい構成を心がけることで, どの読者層にとっても理解しやすい本となっていることも見逃せない. これは決して記述のレベルを下げた結果ではなく, UNIX の定理そのものが持つ普遍性と著者の文章力 (そして和訳の高いセンス) によって達成されたものだ. 結果プログラマにはもとより, 他分野の人間にとっても魅力的かつ内容の濃い方法論の書となり得たのではないだろうか.
結論として, 本書は「文系でも読めるコンピュータ関連書籍」ではなく, 「文系だからこそ読みたいコンピュータ関連書籍」として評価することができる. 前述したように不満点もないではないが, 有用性はそれに数倍するだろう. 値段に見合うだけの価値はきっとある.
本書を取り掛かりとして, 「コンピュータが何を創り出したのか」のみならず 「何がコンピュータを創り出したのか」について我々は新たな視野を拓くことができるだろう. 文系だから, ということに拘ることなしに.
最後に, 今回のレビューの機会を与えて下さった株式会社オーム社と Webmasters ブックレビュー担当者の方々にお礼を申し上げたい. 心からの謝意を込めて.
ありがとうございました.
やや派手めな原書の表紙と違い, 日本語訳版である本書のそれは, 鉛色 (濃い灰色) 地にフクロウの絵, そして蜜柑色のタイトル文字, とかなり落ち着いた雰囲気で好感が持てます. また, ページ数も約 160 ページほどしかない薄い本なので (出版社から同封されてきた図書目録の方が厚いくらいでした), 手に取ってみても軽く, 持ち運びも苦にならないことでしょう. ちなみに, 原書はページ数こそ大して違わないものの, 縦方向に 20 ミリほど長いので, 本書の方が多少コンパクトに仕上がっているようです.
大人し目な表紙とは逆に, 帯紙のコピーは「UNIX は『OS』ではない. それは『考え方』である.」と, 過激な言葉を手にとった者に投げかけてきます. さあ, これからどんな『考え方』を示してくれるのだろうかと, ページをめくる前から期待感が高まります.
本書は, まず最初に全体の章構成を示し, 次に UNIX の考え方 (9 つの定理) と更なる UNIX の考え方 (10 の小定理) を「議論」し, 再び全体をまとめ, 最後にその他の OS について簡単にふれて終わる, という具合に簡潔な構成をとっています. 特に序文における章構成の説明は, 短いながらも大変よくまとめられているので, 本書をこれから読み進む人にとって良き案内となることでしょう. また, 目次では定理を白抜き文字にすることで他の項目と区別しているので, 非常に分かりやすく感じました.
各章は概ね, (1) イントロとしての譬え話, (2) 定理, (3) 定理の説明, といった構成になっています.
イントロダクションでは, 初期の UNIX から未来の UNIX までが, たった 3 ページ (!) で語られているのですが, 「オペレーティングシステムは生きている」で始まる, SF 小説を思わせるかのような冒頭の 4 行は実に魅力的です.
第 1 章では, UNIX 初期の開発者たちについてと, 「輪郭を明確にしてもらうため」UNIX の考え方の簡単なまとめが述べられています. ここでは, タイトルに「たくさんの登場人物たち」とあるものの, 多くの人たちは名前の列挙のみにとどまっているので, 少し物足りなく感じました. 初期の UNIX に大きく関わった人たちの "人間模様" とまではいかないまでも, もう少し掘り下げてほしかったと思いました. ですが, ページ数や本書の主題からすればいたし方のないところでしょう (その様な場合には, 監訳者の 「UNIX Philosophy リンク集」 から辿れるいくつかのサイトが役に立つかもしれません).
第 2 章から第 6 章までは, UNIX の核となる 9 つの定理について, 第 7 章では 10 の小定理について議論されています. 各定理は密接につながっていることではありますが, なかでも著者は, 定理 4 「効率より移植性」には特別に注意したいと述べています. 個人的には, 根底となる定理 1 「スモール・イズ・ビューティフル」やシェルスクリプトはもちろんとして, 第 6 章の「対話的プログラムの危険性」におけるフィルタに関する記述が, 第 7 章 (7.5 沈黙は金) の内容と併せて非常に役に立ちました.
第 7 章の小定理では, UNIX の伝統のような事項に関して書かれています. 本書では, 定理の前にそれを導き出すべく, 譬え話が述べられているのですが, 「その譬えから定理を導くのは少し強引なのでは?」と感じるものが少からずありました. 例えば, 7.9 「劣るほうが優れている」の部分で VHS テープなどが引き合いに出されていますが, 果してそうなのでしょうか? また, ここでは, 第 1 章の簡単なまとめにあった「最大公約数」的なシステムに関して, 肝心の本文にそれらしい記述がないために, 誤解を招きかねないのではと思いました.
第 8 章では「総括」として, これまで断片的に議論してきた UNIX の考え方について, ひとつの「全体」となるように再度 (序文まで含めれば, 再々度) まとめています. ですが, ただ単にここまでのトピックを羅列しただけのように見えるというか, 読み物として破綻しているようにも見えるのが残念なところです. 簡潔な構成の本書で, そう何度も「まとめ」る必要があるのだろうかと, かえって疑問に感じるところです.
第 9 章では, Atari, MS-DOS など UNIX 以外の OS の考え方に触れ, UNIX の理念の本質は「柔軟であり続けること」だとして未来へと結ばれています.
「日本語版刊行によせて」によると, 日本語版である本書が最初の翻訳書だそうです. 原書にあたったわけではないので正確なところは分かりませんが, 「翻訳」を感じさせない本書の翻訳の質は素晴しいのでは, と思いました. これは, 監訳者である芳尾氏の力量も然ることながら, Linux JF Project の三氏の力添えによるところが大きいのではと思います. また, 一読した限りでは, 誤字脱字の類も一切ないようでした.
瑣末なことを承知で敢えてあげるなら, イントロダクションの訳注 (p.1) に「原書は 1995 年の出版であり」とありますが, 原書出版社の Web サイト には, "Publication Date: Wednesday, December 14, 1994" とあるので, 原書は 1994 年の出版なのではないか? ということと, 「MS-DOS はますます多くのユーザーにとって, ますます魅力的なオペレーティングシステムとなっていった」(p.138) という文章の "ますます" の重複が少し気になるという程度でした (発行年に関しては, 記事執筆後, オーム社の担当の方から "書類上の便宜的な発行年である可能性は否定できませんが" とされつつ, 原書の扉裏ページには "Copyright (C) 1995 Butterworth-Heinemann." のような記載があるという追加情報をいただきました).
全体を通読してみて, 本書はいささか断片的に過ぎ, 構成の細かい部分では荒削りな印象さえ受けました. ただ, そうした詰めの甘さは感じるものの, 書籍の内容になぞらえるなら「人間による第一のシステム」とも言える本書の存在は, HOW-TO 本の氾濫する中にあって, まさしく「黄金」であると感じました. イメージできないことは, たとえ柔軟であってもできません. 本書は, 経験者の UNIX 再確認のためのみならず, 細かな技術を身に付ける前の初学者が, 全体としての UNIX のイメージを得る学習書としても打って付けであると思います. 願わくば, 今後「第三のシステム」としての本書が出版されますように. そしてそれが日本発のものであれば申し分ありません.
最後に, 今回のレビューの機会を与えてくださった 株式会社オーム社, および「日本の Linux 情報」 Webmasters ブックレビュー担当の方々に感謝いたします. ありがとうございました.
:-)
本書は UNIX という OS の背景にある思想を, 平易な言葉で解説している本です. 類似の書物で日本語で読めるものとしては, 『Life with UNIX』 (アスキー社刊) などがありますが, 同書がより幅広いトピックを扱っているのに対し, 本書は焦点を UNIX の哲学面に絞ってコンパクトにまとめた内容となっています.
著者は DEC 社員です. ご存じのとおり UNIX は DEC 製マシンから産声をあげたのですが, その後の DEC 社と UNIX との関係はお世辞にも蜜月とはいい難いものでした. たとえばその一端は, 本書中でも X11 に対する辛辣な評価や DEC 製 OS である OpenVMS への語り口に伺えるような気がします. 著者の語り口は UNIX 信者のそれではなく, 一技術者としての視点から UNIX の特徴を冷静に解説しているかのごとくです.
わずか 150 ページ足らずの分量なので, 読みとおすのにそう苦労は感じません.
しかし内容は示唆に富んでいます.
個人的には特に, 第 6 章「対話的プログラムの危険性」に刺激を受けること大でした.
「最大のボトルネックは人間である」という著者の主張は,
言われてみればなるほどと頷かざるをえません.
こうしてレビューを書くべく呻吟しているいまも,
我が PC はじっとキーボードからの入力を待ってくれています :-)
.
また, 本文中にはプログラムのコードなどが一切出てこないのも特筆すべきことでしょう. 若干のコマンドラインなどは出てきますが, それだけです. いくら「背景にある思想」を説明するのが目的とはいえ, 数式抜きで判りやすい数学の教科書を書くのが困難なように, 本書の執筆にはかなりの苦労が伴っただろうと想像します. そして著者の苦労は, 充分に報われているといえます.
第 9 章では他の OS との対比が述べられていますが, そこで取り挙げられているのが Atari, MS-DOS, OpenVMS であるあたりに, 原著が出版された年代 (1995 年) を感じさせます. これはあくまでも要望ですが, せっかく著者が日本語版刊行に際して一文を寄稿してくれているのですから, 第 9 章についても原著刊行後の時代の推移を反映した加筆をしてくれれば, 本書はより一層価値を増したでしょう. 本書の著者による Windows 評を読んでみたいと思うのは, 評者だけではないはずです. なお, 念のために申しあげると, 本書の他の部分は時代を超えて有益な内容ばかりです.
訳文については, 原著と比較したわけではないので細かい事を述べるわけにはいきませんが, 誤読の余地の少ないカッチリした文章であると思います. 人によっては堅すぎるとの印象を抱かれるかもしれませんが, 評者にとって意味不明な文章はありませんでした.
本書は特に, UNIX (Linux) をインストールして基本的なコマンドやアプリの使用法は覚えたが, そこから先どうしたらよいのか戸惑っている中級一歩手前のユーザにお薦めできるでしょう. 本書を読んだからといって, すぐに UNIX (Linux) を自由自在に使いこなせるようになるわけではありませんが, 読前と読後では, あきらかに PC に向かう意識が違ってくることは断言できます.
自分にとって受け容れられるかどうかは別にして, 本書を読めば UNIX (Linux) がどうして今目の前にあるような造られかたをしてるのかが理解できます. 合わないと感じれば使うのを止めればよいだけ. すこしでも UNIX (Linux) と付き合っていこうと考えている方であれば, 一度は本書を手に取ることを強くお薦めします.
余談になりますが, 本書の読了後は, GNOME や KDE 等のデスクトップ環境が 本書で説かれている UNIX (Linux) の思想とは相い容れないもののような気がしてなりません. これらの活動が著者の主張する「第 3 のシステム」であるのかどうか, 興味深いところです.
最後に出版社にお願いしたいのは, 目先の部数にとらわれることなく, じっくりと長い眼で本書を提供し続けていただきたいということです. 巷に溢れるインストール本とは違い, 本書には末長く読みつがれる価値があることは間違いありません.
この本は, いままでまとまったかたちで語られることの少なかった UNIX 的な考え方を, 読みやすく, また, 多くの人にとって比較的受け入れやすいかたちでまとめた本だと言える. UNIX 的な考え方はもちろん万能ではなく, 何かを行う際に適用可能なひとつの考え方でしかないが, この本では, UNIX 的な考え方を用いることによって, どのような場合にうまくいくか, あるいは, どのような失敗を回避できるかということをよく示していると思う. また, UNIX 的な考え方が, UNIX を含めたコンピュータシステム以外にも適用できることを示している.
この本を一番読んでもらいたいのは, 自分の中にはっきりとした指針を持たず, プログラムを組んだり, あるいは, システムの構築や管理をしている人達である. このような人達は, この本で示されている方法をいくらかでもとりいれることによって作業の効率をあげられると考えられるし, なにより, 作業を楽しめるようになるのではないかと思う. 次に, UNIX やその他のコンピュータ的なものには直接関わりの無い分野で活動している人達にも, この本を読んでほしいと思う. この本は著者も述べているように UNIX の基本的な考え方について書かれた本ではあるが, このThe UNIX Philosophyも, それ以前からあった様々な哲学や方法論の影響を受けているし, 逆に, その独自に拡張された哲学は, UNIX 以外のものについて考えるときも, それなりに有益であると思われるからである. 逆に, はっきりとした信念や方法論をもって各種作業を効率的に, あるいは, 意欲的におこなっているような人達にはお勧めできない. 読みやすさやわかりやすさを優先したせいか, 内容が軽くなってしまっているような印象が残念ながら否めないのである. この本で述べている内容のほとんどが良い意味でも悪い意味でも一般的な内容であり, 言いかえればある意味当たり前とも言える内容が多いせいでもあると思う.
著者が序文で述べているように「知は楽しみなり」「独特のユーモア」といった文化が UNIX には存在する. しかし, 日本語化する段階で, これらのうちの何割かが失われてしまっているのではないかと想像される (想像されるというのは原著にあたっていないからである).
ユーモアは UNIX 的なものの重要な要素であると思うし, 著者が明確な意図を持って口語体をもちいているのであるから, 監訳者には表現の面でもう少し気を使ってもらえればよかったと思う. 特に, 単語をどう日本語に置き換えるか (訳してしまうのか, カタカナで表すのか, etc.) という点と, (例えば原文のユーモアを直訳してしまったがために) 日本人にとって違和感があったり, 読みにくい日本語になっていないかどうか, というあたりが気になった.
原著が発行されたのが 1996 年であり, すでに 4 〜 5 年が経過してしまっている. 時が経過したからといって基本的な考え方というものはそうそうは変わらないものであるが, 例として引き合いに出すものが古すぎて例として機能しなくなってしまうこともあるし, また, 新しく基本的な考え方として追加されるべきものもあるはずである. 例えば私からすれば, Atari やパンチカードの話はなんとなく想像がつくという程度の理解しかできないし, OpenVMS の話は残念ながらそれらしい (妥当性のある) イメージすらわかなかった.
せっかくの UNIX 的な考え方の一般性や普遍性をアピールするアプローチとしては若干問題があるように思える.
これは, 私が納得いかない一番の点である.
この本の中で筆者は「紙には気をつけることだ. それはデータの死亡証明書といっていい.」と述べている.
この本に印刷されているものはソフトウェアであり, テキストデータであったものである.
さらに言えば,
私はこのソフトウェアを UNIX 的な考え方のもとに利用してこのレビューを書いている.
しかし残念ながら, UNIX 的な考え方から言えば,
非常に非効率的な作業を強いられていると言わざるを得ない.
紙に印刷された文字には, grep
すら使えないのだから.
このソフトウェアを発表するにあたって,
紙という媒体が適しているということはおそらく間違いではないのだが,
あえてデジタルテキストとして公開した上で, メンテナンスしつづけて欲しかったと思う.
類似書が少ないせいもあるとは思うが, お勧めできる本だと言える. UNIX やコンピュータに関わる人はもちろん, そうでない人にとっても一読の価値はあると思う. 内容に同意できる人は, 9 つの定理をデスクトップに張りつけて, 何か迷うことがあったら本文を読み返してみる, という使い方も「あり」ではないだろうか.
本書は, タイトルにもあるとおり, UNIX の解説ではなく, 世界を UNIX 的に理解したらどうなるか, ということについての本である.
総ページ数 150 ページ足らずの, 薄い本である. 文章も平易で読みやすい. この種の UNIX 関連書籍の翻訳本に散見されるような, 日本人になじみの薄いアメリカンジョーク的なものもなく, クセのない文章である. その意味で, 本書は, UNIX 的な文化にさほど触れていない, あるいはまったく触れていない人たちに "も" 読みやすい本である. UNIX 的な文化に既に触れている人に読みやすいことはもちろんである.
本書のかなり前の方, UNIX についての一般的なイントロダクションが終わってすぐ後のところに, 「UNIX の考え方:簡単なまとめ」として, 9 つの定理と 10 個の小定理が並んでいる. これ以降の部分, すなわち, 本書の大部分は, これらの定理についての解説に充てられている. それぞれの定理については, 出版元であるオーム社の Web サイト (http://www.ohmsha.co.jp/data/books/contents/4-274-06406-9.htm) に, 目次という形で記載されているので, ここでは列挙しない. しかし, 第一の定理である「スモール・イズ・ビューティフル (小さいものは美しい)」という一文だけは挙げておこう. この定理が, 本書の主題といっても過言ではないだろう. これ以降の 8 つの定理と 10 個の小定理は, この第一の定理の下位概念であるとも言えそうだ. そして, この本の読みやすさは, まさにこの定理を, 身をもって実践しているといえるだろう.
本当に, 明快な本である. 主張していることはきわめて単純だ. 「小さいものは美しい」「効率より移植性を」「独自技術症候群 (Not Invented Here Syndrome) を避けよ」ということが, この本を通じて読者に投げかけられるメッセージの中心だ. 文中, 小さくて移植性が高くてメンテナンスが容易でなものの喩えとして, フォルクスワーゲン社のビートルが出てくる. ビートルのよさと UNIX のよさは確かに似ている. そして, この本のよさもそこにある.
「UNIX 啓蒙本」が陥りがちな, 威圧的で押し付けがましい文章になっていない点も非常に評価できる. なにより, not UNIX な OS に対して批判的でないため, UNIX に触れたことのない, あるいはなじみの薄い読者にとって, 「叱責される」感覚を持たずに読みすすむことができる. 逆に, X ウィンドウシステムなどの, UNIX 文化のものについても, 批判すべき点は批判する, という点に驚かされた. 確かにこの本は啓蒙書ではない. UNIX ではどうであるか, 他の OS ではどうであるか, ということを冷静に分析し, その上で, UNIX 的に考えた場合のメリットについて述べた本だ.
UNIX 文化になじみのない読者にとって読みやすい本である一方で, ある程度 UNIX 文化になじみがある読者にとっても, 本書は有効である. なかなか明文化されにくい UNIX 的な思想について, きわめて平易に, しかし体系的によくまとめられた本である. 具体的に, UNIX 文化になじみがある読者が本書を有効に利用する場面として, UNIX 文化になじみのない人に UNIX 文化を説明するようなシチュエーションがありそうだ. 決して押し付けるわけではない. UNIX 的な見方, 考え方とはどんなものかを説明するときに, うまく説明できるような思考の枠組みをこの本は提供してくれる.
私が本を読むときに非常に気にする, 本としての体裁についても触れておこう. ハードカバーではないが, しっかりした装丁になっている. 余白はさほど多くはないが, 技術的な本でなく, 書き込みをすることもほとんどなさそうだから特に問題はないだろう. なにより, 文字が大きめで非常に読みやすい. 文章自体の平易さもあって, 威圧感のない, いろいろな意味で読みやすい本になっていて, 「UNIX 文化になじみのない人」をも読者層として想定していることを実感させる. 翻訳の品質が非常に高いことも, 特筆すべきであろう. 誤字脱字も見当たらないし, なにより日本語として不自然さのない, よく練れた文章になっている. 逆説的ではあるが, 原著にあたってみたくなるような本だ.
レビュー中, 何度も触れたことだが, 誰にでもお勧めできる良書である. 読んでみて特に目新しいことに出会わなければ, それはそれで結構. なにか, ひらめくような文章に出会えたなら, それも結構. とにかく, 読んでみて損のない本だ. 原著者の Mike Gancarz さん, 平易で読みやすい日本語に監訳してくれた芳尾桂さん, この良書をレビューする機会を与えてくれた Webmasters の方々への感謝をもってレビューを締めくくりたい.