オープンソースプロジェクトの管理と運営

オープンソースプロジェクトの管理と運営 レビュー記事

[ ブックレビューコーナー 目次 ]

株式会社オーム社 様のご厚意により, 書籍 "オープンソースプロジェクトの管理と運営" を ブックレビューコーナー にご献本いただきました. この本のレビューをして頂くべく, Linux Users ML や本サイトにおいて 公募 を行い, これにご希望頂いた方々より感想などをレビュー記事にまとめていただきました.

ここに, レビューアの方々から寄せられたレビュー記事を公開します. (原稿到着順)

株式会社オーム社 様および レビューアの皆様のご厚意に感謝いたします.

なお, 以下のレビューは初版を対象としています.


Reviewed by 藤田 靖之 (yaz@technologue.jp) さん

「経済社会, そしてプロジェクトマネージメントにおけるオープンソース手法の導入指針」

Linux の使用歴
4 年
UNIX の使用歴
10 年
Linux Box の主な用途
インターネット・サーバ用途
Linux 以外に利用している OS
Win9x/NT/2000, MacOS, FreeBSD
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
Linux: 40% 他: 60%

私はかねがね, 自身が代表を務める企業の経営に関し, 自らも慣れ親しんでいる Linux が開発形態として採用しているオープンソース手法を 会社経営や運営の面で導入できないものかとあれこれ考えを巡らせていた. そうしたときに, まさしく絶好のタイミングで本書のレビューを行う機会を得た.

本書は, まずプロローグの部分でオープンソースにおけるミクロ経済的な側面を 「贈与経済」の定義という形で説明している. 贈与経済とは, 太古からの歴史を持つオーディナリーな「交換経済」の対極に位置するものである.

ミクロ経済学では生産財は貨幣を通じて取得・消費され, また労働の対価としての貨幣である賃金が支払われる. これらは, 言い換えれば「持てる者」が「持たざる者」に対して 貨幣を通じてモノや役務を提供するということである. つまり, 持てる者と持たざる者との間にある経済的格差によって生み出される取引行為 (trade) である.

対して贈与経済では, そうした経済的格差は始めから問題視されておらず, むしろ大部分の参加者が比較的潤沢な経済的資源 (resource) を保有しているという状況をベースにしている. そして, オープンソース・コミュニティの間では, 潤沢な経済的資源の中でもディスクスペース, ネットワーク帯域幅, コンピュータの処理能力などが融通されていると本書では説いている.

しかし, 私はこの説には異議を唱えたいと思う. たしかに PC が広く普及する以前は, 潤沢な情報・経済資源を持つ主体と言えば大学・大企業・研究機関等に限られており, それらが互いに資源を融通し合うことは現在以上に盛んに行われていたであろうことが考えられる.

しかし, 極めて高性能な PC が容易かつ廉価に入手できるようになった現在においては, その機能を余すところなく使いこなす能力を持つハッカーはむしろごく少数派なのではないだろうか.

そうした中で, PC ユーザの間には技術的能力という「資源」の格差が生じて然るべきであり, その解決策として, 古典経済学においてリカードが提唱した「比較優位の原則」, つまり得意分野に特化した生産を行って その成果を融通し合うことによりお互いの経済的利益をより大きくする, という説明が可能なはずである.

こうした点からすると, 本書の冒頭の贈与経済の定義は, 新しい試みなのかもしれないが若干無理があるのではないかという印象であった.

その後第 1 章以降は, ARPA に始まるインターネットの歴史や UNIX, Netscape (mozilla), FSF, GNU などの事例がオープンソースとの関連性という形で説明される. 各々のトピック自体は決して目新しいものではないのだが, それらをオープンソースという観点から改めて俯瞰し, また BSD や GNU GPL を始めとするいくつかのオープンソース・ライセンス形態について詳述しているところは, オープンソースを理解する上で, あるいはビジネスの場面で オープンソース・ライセンスやオープンソース・プロダクトを導入・運営する必要が生じた場合に非常に有益であると言える.

第 6 章以降は, 本書の書名でもあるオープンソースプロジェクトの管理と運営に関するより具体的な内容になる. 「仮想チーム」とも称されるオープンソースプロジェクトは, 相互の信頼関係と個々のメンバーの高度なスキル, そして有用なツール群 (もちろんそれらもオープンソース・プロダクトである) によって実現されていることがよく理解できる. そして, オープンソースプロジェクトにおいては, 管理することももちろん重要だが, それ以上に個々のメンバーのモチベーションをいかに高く保つかということが大切である.

私としては, オープンソース手法を会社経営に導入するにあたって 漠然と感じていたことや気付き掛けていたことを本書が明確に示してくれたという印象を持った. ただし, オープンソースが及ぼすマクロ的な側面についてさらに触れて欲しかったという印象も残った.

本自体については, 装丁も適切で, 文字も見やすく, 文章 (訳文) も秀逸だったと思う. ただし価格については, この書籍を通じて知見し得るオープンソース手法の意義や価値に拠るべきであり, そうした観点ではおそらく個々の読者によって価格の妥当性への認識は違ってくるだろうという印象を抱いた. ちなみに私個人の印象としては, おおよそ適切な価格設定だと思う.

最後に, 本書レビューの機会を設けていただいた株式会社オーム社, www.linux.or.jp Webmasters ブックレビュー担当の方々, ならびにオープンソース・コミュニティ諸氏の各位には心よりの感謝を申し上げたい.


Reviewed by 樋川 将史 (mhikawa@mac.com) さん (HomePage)

「金銭的報酬より, 魅力あるもの」

Linux の使用歴
3 年
UNIX の使用歴
10 年
Linux Box の主な用途
バックアップサーバ, メールサーバ, ウェブサーバ, 自宅端末
Linux 以外に利用している OS
Solaris, Windows 98, NT, 2000, MacOS9
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
5 : 5

はじめに

Microsoft はオープンソースに対して, 知的所有権に問題がある, 危険なコードを世間にリリースする問題があるといった批判をしている. それは単に Microsoft の .Net 戦略や, クローズされた Windows 系 OS がオープンソースに脅かされていることであると思う. 私はオープンソースは誰もが参加でき, さまざまな人の知識が共有できる信頼性のあるビッグバーン・プロジェクトであると思っている. 事実としてサーバ分野では, MS Windows 系サーバよりも Linux サーバの成長率が高く, Web サーバ・ソフトウェアでは, IIS より Apache のシェアは相当大きい. ただ, オープンソースをビジネスに結びつける観点から考えると, 以前のソースを無料で提供しサポートで利益を得るという手法は今では難しいようである. 私は, この本のレビューを オープンソースをどのようにビジネスに結び付けていくかという点にフォーカスして読んでみたいと思う.

オープンソースの歴史

本書は最初に, 現在のオープンソース現象を理解するために, ARPAnet, Unix, Sendmail, WWW, NCSA Mosaic, GNU ソフトウェア, Linux, Mozilla が成熟するまでの開発手法, 開発過程が述べられている. その中で, 現在繁栄している Sun Microsystems や Microsoft が, オープンソースの背景を旨く自社の戦略に反映してきたことが理解できる. また, 以前は斬新な Netscape もオープンソースを旨く利用していたが今後さらなる復活があるか提言されている. 私の考えではあるが, Sun Microsystems は自社 UNIX を業界標準にすべく AT&T と提携し, インターネット普及の引き金になったと思うが, その反面, 多種の UNIX がベンダーから供給され, UNIX 戦争がおこり, その隙間を埋めるかのようにクローズなネットワークであった Microsoft が MSN を起こし, NT を普及させてしまったのは, その当時まだ, コンピュータ業界がオープンではなかったからではないかと思う.

贈与経済

学者の世界では, 個々研究した成果について, 公共の場で発表され専門誌などに投稿される. その成果は他の学者にも共有され, 新しい成果が生まれる. 彼等の報酬は賛辞や名誉である. WWW の世界も同様であり, 仕事や趣味で取得したい情報は, ほとんどが無料で入手することができる. 本書では商業的に贈与経済が有効かを IBM の Secure Mailer と Apple の MacOSX の一部がソースコードを提供している事例を述べている. IBM は最近, Linux プログラマ向けに iSeries を開放するような発表をしており, その結果, iSeries の知名度の向上, 業界標準の取得を目標にしているのであろう.

オープンソースとフリーソフトウェア

本書ではオープンソースとフリーソフトウェアの定義は近似してはいるものの, 一方で違いが述べられている. オープンソフトは商業的なアプローチがフリーソフトウェアよりも強いということである. 考えてみるとオープンソースの Linux はよい例であり, 低価格なファイアウォール・アプライアンスや PocketPC に搭載され販売されている.

さまざまな分野でのオープンソースモデル

本書を読むとオープンソースモデルがさまざまな分野で使われおり, その重要性がわかる. Web 情報の質を向上させるであろう, Web 検索のオープンディレクトリプロジェクト (http://www.dmoz.org/), コンテンツの改編, 再配布を行うオープンコンテンツ (http://www.opencontent.org/), Microsoft と Linux の関係と照らし合わせ, ジャーナリズムの New York Times, CBS に対抗するオープンジャーナリズム (http://www.makeyourownmedia.org/) の記述はおもしろい. 弱者が強者に対抗できるのがオープンなコミュニティであるドラマティックな場面を想像してしまう. また, Annan 国連事務総長のオープン性への提言の記載は感動する.

ビジネスの仕組みが変わる

インターネット, ネットワークは従来のビジネスの仕組み (開発, 製造, 販促, 流通) を変化させている. 従来, バリューチェーンで時系列に動いていたプロセスが時間, 場所を気にすることなく, 多数の参加者のアイディアで, より一層エンドユーザ指向になっている. 特に音楽業界では Napster のようなインターネットビジネスを脅威と見ているようであるが, 本書を読むと考え方一つで一変できる. アーティスト (ソフトウェア業界では開発者) にとって, 創作物を発表しやすくなり直接, 聴者からの反響を得ることができ, 金銭という報酬では得られないすばらしい付加価値がある.

ブルックスの法則への打破

本書では, オープンソースはブルックスの法則を打破していると記載している. アプリケーション開発の形態こそ違う (従来のアプリケーションは何もリソースがないところから始まるが, オープンソースは参考になったモデルがある) が, 既にあるものに対して不便を感じ, それを使い易いものに改良していくという考え方で多くの人が参加できる. それにより, バグの発見が速くリリースを頻繁にしている. オープンソースは多くのユーザに使わせるアプローチも旨く, それが製品の品質, 機能の改善に繋がっている. 今後も, 多数のユーザに上手に使ってもらうためには, Linux の場合, ディストリビュータのサービス, サポート, 簡単なインストール, 操作し易いインターフェースを含めた付加価値が必要になるであろう.

オープンソースを成功させるための組織

本書では, オープンソースプロジェクトを成功させるための組織は, 従来の階層化組織ではなくて, ネットワーク組織であるという記載がある. 命令されてしかたなくプログラムを作るのではなく 自主的に仕事が達成されていくモチベーションがプロジェクト参加者にあるので, 鍵を握るのは, 参加者間の信頼とそれを統率する尊敬されるべきリーダに委ねられるということである. オープンソースプロジェクトでは参加者が全て顔見知りではないので信頼関係を築くのは難しく さらに, リーダが尊敬を勝ち取るのは相当な努力がいる. 要するに, 放っとけばカオス状態に陥りかねない局面を いかに, プロセス管理, 知識管理, 技術管理を持って, 進行させていくかについて本書を読めば把握できる.

これから, オープンソースプロジェクトを行うために

本書では, オープンソースプロジェクトを管理するためには, 4 種類のソフトウェアが必要で, それら個々の種類に属するソフトウェアが紹介されており, SourceForge (http://www.sourceforge.net/) などのコミュニティが多数掲載されている. これらは, プロジェクトの立案や進行中の諸問題の助けになるであろう.

総括

本書は, オープンソフトウェア開発の歴史から現状が解り易くまとめられている. これからオープンソース的プロジェクトを起業しようと考えている方, ソフトウェア開発プロジェクトリーダの方には大変参考になると思う. ソフトウェア開発にも関連するが, デジタルコンテンツ (CG, Movie, Music, etc) のプロデューサの方にも参考になると思う. 私個人的には, 家電機器の制御に Linux などのオープンソースが利用されていけばいいと思う. 本書を読んで一番感じたのは, 即, 金銭的ビジネスに結び付けてオープンソースを成功に導くのではなく, 贈与経済の考え方で成功が導かれるということである.


Reviewed by 斉藤公基 (saito@wml.ne.jp) さん (HomePage)

「オープンソースプロジェクトの社会学」

Linux の使用歴
6 年
UNIX の使用歴
10 年強
Linux Box の主な用途
ルータ, ソフトウェア開発, メールサーバ, ウェブサーバ等
Linux 以外に利用している OS
Windows 2000
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
Linux : Others = 7 : 3

1. 始めに

「オープンソースプロジェクトの管理と運営」は, タイトルからするとオープンソースプロジェクトを実践するための手引きのように思われますが, 実際は, 世の中のオープンソースソフトウェアが, ソフトウェア開発プロジェクトとしてどのように管理され, 運営されているかを解説した本です. ソースコードは一切無く, 図もほとんどありません. これは, 読んで, 考える本です.

2. 内容について

第 1 章と第 3 章は, よくまとまった歴史とオープンソースの解説です. 「第 2 章 ビジネスから見たオープンソース」, 「第 4 章 オープンソースとインターネット経済」は, オープンソースを経済的利益に結びつけるという観点ではなく, なぜ経済的利益が無くてもプロジェクトが実現できているか, また金以外の価値とは何かを論説しています.

第 5 章から第 7 章は, この本の中心であり, オープンソースプロジェクトは 「ネットワーク組織」, 「仮想チーム」, 「分散型」であるという特徴とその利点を述べています. これは, 成功しているシステム開発プロジェクトの特徴と利点が書いてあると言っていいかもしれません.

第 8 章, 第 9 章はまさに著者も断っているように, 「刻一刻と変化する性質の内容」であるツールやソフトウェアの解説です. ということで, フォローアップ Web サイトが用意されています. こういうフォローアップについても, 翻訳されるととても助かります.

第 10 章から第 12 章は, 最後の一押しです. オープンソースの利点について納得できない人に, 事例, 逸話, その他いろいろと追加情報が述べられています.

3. お薦めする人

オープンソースプロジェクトを管理運営しようなんて人は, めったに居ません. でも, オープンソースなソフトウェアを使いたいと思っている人は沢山居ますし, オープンソースでないプロジェクトを管理運営しようとしている人も沢山居ます.

オープンソースなソフトウェアを使いたい人は, 採用を決定する権限をもつ管理者である上司を管理者としての観点から説得する材料に満ちています. オープンソースでないプロジェクトを管理運営しようとしている人には, 高品質なソフトウェアを数多く製造しているプロジェクトの管理および運営手法を学んで参考にすることができます.

4. 終わりに

この本にふさわしいのは, UNIX 関連書籍コーナーではなく, システム開発方法論やプロジェクト管理の本のコーナーだと思います. 願わくば, 書店において関連書籍から孤立して違った装丁の本に囲まれて配置されんことを.


Reviewed by 浦郷圭介 (bravo@diana.dti.ne.jp) さん (HomePage)

「モノだけじゃない, 組織自体がオープンなんだ」

Linux の使用歴
4 年
UNIX の使用歴
3 年
Linux Box の主な用途
文書と画像の編集, 音楽鑑賞, サーバ全般, プログラミング
Linux 以外に利用している OS
Windows (98SE, 2000) Solaris
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
4 : 1

レビューしようとした理由

まず私がこれを読んでみたいと思ったきっかけは, オープンソースを ビジネスとして運営するにはどうすればいいのかを知りたかったということである. すなわち, 俗に言う「りな飯」を実現するためのヒントを得たかったのである.

今までと何がどう違うのか

基本的な内容は, 「従来のプロジェクト進行や管理との決定的な違い」を 書き綴ってあり, それについて細かく説明しているようだ. 文面からオープンソースというものがただ単に, 「ソースがオープンになっている」 というだけでなく, 「組織自体がオープンである」, ということを 伝えようとしていることがよくわかる. また, 難しいとされるプロジェクトの管理の参考書としては秀逸で, 「管理ツールがあればプロジェクトが成功するわけではない」というように, プロジェクト管理などは, 従来行われている非オープンソース組織でも 参考になる部分が幾らか見付かるだろう.

参考になるツールがいろいろ紹介されている

プロジェクトを運営するために適当なツールが使えれば進行や管理がしやすくなる. もちろんそのツールもオープンソースの成果物であるということがわかる. 紹介されている数もそこそこあるので, 「こんなものもあるのか」と感じられるだろう. ちなみに筆者が活動している PyJUG, JZUG で取り扱っている Python, Zope もこの中で紹介されている.

ちょっとは画像を入れても良いんでは

ただひたすら字ばっかりなので, 折角良いツールが紹介されていても, 似たようなツールでは同じ印象を与えてしまうため, ちょっといただけないかもしれない. 特に厚い本ではないし, ただでさえオープンソース初心者向けに書かれているわけなのだから, スクリーンショットくらいは載せても良いのではと感じた.

もっとやる気の出るような文章が欲しかった

読了時, 「あれっ, これだけ? 」とちょっと拍子抜けしてしまった. それは何故かと言うと, オープンソースの良さの一つである, 「参加して楽しむ」ということがさっぱり書かれていなかったようなのである. 前述にある筆者のコミュニティ参加は, 「hogehoge ができるから参加する」 というより, 「hogehoge が面白そうだからやる」というスタンスなので, この部分は割と重要なのではないかと感じた.

金儲けするための本ではない

ビジネスという文字が紹介文に見え隠れしているみたいだが, ビジネスをするための HOWTO などは一切書かれていない. また, このことは本文中に書かれてもいるので注意して欲しい. あくまでビジネスからの観点でしかとらえられていないので, どういうビジネスを立ち上げるかは自分で考えるしかないだろう.

総括

オープンソースやユーザ会などの非営利団体のとりまとめ役をやるための 参考書であり, 最後は結局己の判断力がものを言う. プロジェクト管理に「銀の弾丸」は存在しないし, 「この本があれば全て OK」ということではないことを意識して欲しい. また, 題目は「オープンソース」となっているが, 必ずしもネットワークにつながっていなかったり, オープンでもない組織であったとしても, 主従関係の弱い, フラットな組織をこれから作ろうと考えている方にも おすすめできる内容であるだろう. しかし, 「りな飯」が実現できるかと問われれば, それはちょっと, と言いたいところだ.


Reviewed by 南谷和範 (minatani@debian.or.jp) さん

「骨は折れるが読みこなす価値のある書籍」

Linux の使用歴
7 年
UNIX の使用歴
7 年
Linux Box の主な用途
計算機で行う作業一般を行うため. わくわくするため.
Linux 以外に利用している OS
Microsoft Windows98
Linux と Linux 以外の OS の使用頻度の比
99 対 1

まずは全般的な構成について見て行きたいと思います. 本書では各章の終わりに「まとめ」が設けられています. 章を読んだ後で内容の確認を行う上で非常に便利なのは言うまでもありませんが, その章を読み始める前に「まとめ」を読んでおくと, 見通しよく読み進むことができます. とくに本書は相当抽象度の高い議論をしているところもあるので, 論理の筋道をつかむためにもこのような読み方を推薦します. また, この種のトピックになじみのない人には, まず各章の「まとめ」をざっと読んでみて興味のある章から読み始めるのも良いかもしれません. 各章冒頭の「格言」も当該章の主張の本質を示しているので参考となります. ただし, 章全体の内容と「まとめ」で示されている要点がかならずしも一致していないように思われる章もなくはないので (たとえば第 4 章), かならず本文に目を通すことをお薦めします. 特に本書の特徴である具体例をふんだんに織り交ぜた説明の利点をいかすためには全体を読みとおすことはかかせません.

本全体の議論の流れとしては, まず前半で総論的な議論を行い, 後半で各論的な話題を扱う構成となっています. 後半部, とくに各種リソースを手際よく要約した第 8 章から第 10 章は勉強になりましたが, 包括的な批評をするために本レビューでは前半部の内容を中心に議論したいと思います.

前半部の議論の中には計算機分野に特別な興味のない人にも読んでもらって それなりに理解してもらえるのではないかとすら感じる部分もいくつかありました. 個人的にはオープンソースという考え方が成立するにいたる歴史的経緯の分析が興味深かったです. とくに, インターネットの歴史においては太古とも言えるような時期にさかのぼり, オープンソースの発想の原点を探るアプローチは, 著者の博識を感じさせるものがありました. (著者は計算機分野に限定されない広い知識を持っており, それらが随所でいかされています.) オープンソースの考え方については Eric S. Raymond の主張を軸に相当入念な記述が行われており, 断片的に紹介されがちな彼の考えをつかむのに便利でしょう. ただし, (主題がオープンソースなのだから, 当然と言えば当然なのですが) Free Software Foundation の free software についての主張の紹介が少し不十分のようにも思えました. 現代のオープンソースコミュニティ形成に果たした Free Software Foundation の役割を勘案すると論者としてはいくらか残念です. ただし, これは著者のビジネスに関連付けてオープンソースを論じようと言う態度からの必然的結果とも言えるので, 批判するのは酷でしょうね. (論者はビジネスでオープンソース方式を利用する立場にはなく, 著者の観点を実感を持って理解することができなかったことを白状しておきます.)

幸い, Free Software の考え方についての紹介は比較的充実しているので, 興味のある読者にはそれらを当たることをお薦めします. (もっとも基本的なものとしては http://www.gnu.org/philosophy/free-sw.ja.html) オープンソース方式のビジネスに果たす役割を見極めようというのが, 本書全体に一貫した態度です. 論者も著者の主張には大筋では賛成なのですが, オープンソースの未来はばら色あるいは, オープンソース方式にマッチしないスタイルは時代遅れというような語調には率直に言って楽観的すぎるような印象をうけます. 著者の立場からして一種のセールストークも必要なのだろうし, オープンソースという考え方自体が 従来の free software の発想ではフォローしきれなかったビジネスとの協同を可能にすることを一つの目的としているので, 当然とも言えるのかもしれません. しかし, 現在の情報産業の冷え込みを目の当たりにすると, このような態度は積極的には支持できません. 好景気, 不景気に関係なく説得力のある論述をしてほしかったです. このあたりの問題はその人の立場によって議論の分かれる所でもあるし, 判断は読者の皆さんにゆだねたいです. とにかく, 読者には著者の主張を主体的に吟味する姿勢で読んで頂きたいです.

また, オープンソースの長所と難点の指摘が興味深かったです. 長所については本書全体を通じて分析が行われているし, 本レビューを読んでいらっしゃる方なら重々承知だと思いますので, あえてここでは触れません. むしろ, すでにオープンソースについて一定の理解をお持ちの方や私のようなひねくれものは, 難点の方に興味を持つのではないでしょうか. オープンソースの難点については第 7 章, 第 10 章に比較的まとまった説明があります. 論者も遠隔地に分散したオープンソースプロジェクトの抱える問題については深く考えさせられました. なんらかのプロジェクトに参加していらっしゃる方にはぜひご一読をお薦めします. ただ, オープンソースの長所が非常にファンダメンタルなものとして説明されているのにたいして, 難点の方は (しばしば取り上げられる Netscape のソースコード公開の事例も含め) 偶発的な個別の問題として処理されているように感じました. できれば特許や nda のようなオープンソースになじみにくいやり方とどう折り合いをつけて行くかについて もう少し踏み込んだ議論をしてほしかったです.

ここまでちょっと批判に偏った批評をしてしまいましたが, 総合的には非常に満足の行く良質の解説書でした. 特に圧巻なのは訳注の充実です. 監訳者が Debian プロジェクト関係者であることもあり, とくに Debian 関連の補足情報が入念ですが, それに限らず BSD 関係の話題など原著者が把握しきれていない情報が幅広くとりこまれています. 原書出版後の動向が盛り込まれているのは一読者として助かります. 英語圏の人にもこの訳本を読んで頂きたいと思うくらいです. 読者には訳注をこまめに読むことを強く推奨します. 読んで頂きたい読者層としては, オープンソースに関係する人全般と言っておきたいです. 著者の意見に必ずしも納得がいかないような場合もあるでしょう. しかし, 著者がオープンソースについての一つの有力な意見を代表していることは事実であり, その主張の内容はぜひ押さえておいて頂きたいです. また, オープンソースという考え方を積極的に支持したい人, あるいは批判したい人にとっては 殆ど必須文献と言えるのではないでしょうか. インターネット上で時折見受けられる無知ゆえの焦点のずれた議論を回避するためにも, ぜひとも読んでおいてもらいたい書籍です. さらに, 上にも書いたように オープンソースについて何ら知らない人に一種の入門書として紹介することもできるかもしれません. ただし, どのような場合でもたんにマニュアル本を読むような態度ではなく, 骨が折れる作業となりますが, 読みこなすというスタンスで読み進むことをお薦めしたいです.


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