GIMP コラムの 第 2 弾. 第 1 回めはこちら. GIMP についての簡単な説明などは第 1回の冒頭に書いてあるので, 今回は省略. 前回は GIMP を使った作業の概略を紹介するというものだったが, 今回はプログラムそのものを対象とした, レビュー, 評論, 及び扇動 怪文書だ. だから, この記事を読んでも GIMP を使えるようにはなりません(?). GIMP の使い方, 画の描き方の方に興味のあるひとは, 私の作成した表紙バナーの xcf ファイル (xcf: GIMP の ネイティブ フォーマット で, レイヤその他の作画情報をそのまま保存できる) を一部 ギャラリー で公開しているので, そちらもどうぞ.
タイトルの gimp-1.1 は GIMP のバージョン 1.1 という意味だ. GIMP では, 小数点 ひと桁めが奇数のバージョン番号は, 設計変更や新機能追加を 目的とした, 開発者向けのリリースに使われる. つまり, 安定版のリリースに向けて開発が進行中のプログラムについて, レビューしようというのがこの記事だ. 来るべきバージョン 1.2 を占う, というか, いわゆる一つの「写真は開発中のものです」ってやつですね.
gimp-1.0 がリリースされたのは 1998 年の半ばのことだった. バージョン 1.0 は幾つかの不具合の修正を経て, バージョン 1.0.2 として完成し, 多くのディストリビューションに採用された. 当時, GIMP は単なるメジャーなユーザアプリケーションプログラム というだけではなく, デスクトップを飾る象徴とも言える役割をも担っていた. どちらかというと限られたユーザ層を持つ GIMP ではあるが, 今も, Linux を紹介した画面にはしばしば GIMP が登場する.
そして, 1999年には Linux をとりまく状況は劇的に変化した (Webmasters の選ぶ, 1999年 Linux 3大ニュース). このような「オープンソース」をめぐる喧騒の中にあっても, GIMP 開発チームは着実に開発ブランチを伸ばし続けている. gimp-1.0.2 は非常に完成され, また, 成功したプログラムだったが, 開発者達はそれに安住することなく, 新たな挑戦を開始したのだ. gimp-1.1.x には, 使い勝手の細かい向上から, プログラムの根本的な設計に至るまで, バージョン 1.0.x から 比較して, あらゆるレベルの改善が施されていったのである.
それにしても, バージョン 1.0.x から比べると大いに進歩したというのに, それを正面から扱った記事をあまり見掛けないのも寂しいものだ. (単に私がそういった記事を知らないだけなのかもしれないが) そこで, 私にできる範囲で gimp-1.0.x から gimp-1.1.x への変化をパッケージ付属文書 "NEWS" から 幾つか拾って紹介していきたい.
なお, ここで参照している GIMP のバージョンは, 1.1.13 および 1.1.14 であり, CVS から取得した最新版ではない. また, リリースされたパッケージを そのまま使うのではなく, いくつかパッチをあてたものであることを お断りしておく. (私は単なるユーザで, GIMP の開発の事情に通じているとは 全く言えないので, 記事には間違っているところもあるでしょう. 誤りを見付けた方は, ぜひ御指摘下さるようお願いします.)
私は, Gimp の日本語環境を改善するパッチの紹介で紹介されている日本語入力に関するパッチや, インターフェースに関する幾つかの非公式パッチを当てて, 日常的に 1.1.x を使用している. ここでは私が gimp-1.1.x を使ったレビューを 書いてみたい.
結論から言おう. 全てが見直され, 圧倒的に使いやすくなっている. 5/28 にリリースされた 1.1.23 は, すくなくとも AT 互換機上の Linux では非常にかなり安定して動作し, 意欲的に不具合の修正が行われ, 「予期せぬ終了」は まず起こらなくなっている. splash 画面 (プログラムを起動した際に出る, 看板みたいな ご案内窓) は 「Version 1.2 PRERELEASE」の文字が入り, 1.2 のリリースが近いことが伺える. しかし, 以前のバージョンでは, たとえば こんなの(1.1.5) や こんなの(1.1.7) や こんなの(1.1.9) が出現して, 新たに追加された機能とともに 不安と期待をかきたててくれたものだが, こうなると逆に少し寂しい気がするからおかしなものだ. 花火のバナー以降の画像は, 全て gimp-1.1.x を使って製作したものだ. 予期せぬクラッシュで何時間かの作業が消し飛んだ事もあったが, この機能と使い勝手を味わうと, 私としては, もうバージョン 1.0 に戻る気はしない. 乗り換えるきっかけになったのは, パス機能の強化だった. 1.1.x でパス以外に, 何の変化も無かったとしても, 1.1 に移行しただろうと思える程に, パス機能の強化は本質的である.
gimp-1.1.x は gtk+-1.2 系を使うので, 最初から日本語が使えたり, 簡単な変更で使えるようになったりする 場合が多いのも, 大きな魅力だ. gtkrc でフォントセットを適当に指定したり, gtk_init() のまえに gtk_set_locale() を追加して gdk_font_load を gdk_fontset_load に変更するだけで 日本語の文字化けが直ったりするから, 全く, gtk+-1.2 は凄い. もっとも GIMP に関して言えば, その程度のことで 日本語が通るようになるものは, 既にほとんど対策がなされている.
それと, 最近気づいたので gtk-1.0 の時はどうだったのか判らないんだけど, ファイルダイアログなんかでは tab キーでファイル名が 補完出来るというのも非常に具合が良い. 補完の動作は, bash, tcsh, emacs でおなじみのアレ. 一意に決まらないときは, 候補が表示されたりもするのだ.
私はおおむね満足している gimp-1.1.x だが, 強いて希望をあげれば, パス関連をもうすこし強化してほしかった. 閉曲線パスを開曲線に変換する手段が, デフォルトでは 提供されていない(スクリプトを使うと可能). また, パス操作の undo がないなど, 現段階ではパスに関する制約が少しある. 自分がタブレットを持っていないために, 綺麗な曲線を作るにはパスに頼らざるを得ないので, どうしてもパスの弱さが目についてしまうのかもしれない.
現段階でも十分に実用になるが, 1.2 のバージョン番号に値するという 判断を開発者達が下すまで, どれくらいの作業が必要なのか, それは私には判らない. だが, 本体への新機能追加はもう, 原則として行われないので, 今の仕様が 1.2 のリリースまで大きく変わるということは無い. もっとも, 今でも本質的な新機能がプラグインとして追加されることがある ので, アプリケーション全体としてはまだ変化するかもしれない.
いづれにせよ, バージョンアップして機能が増え, しかも動作も軽快になった GIMP は, 使っているととても楽しい気分になれる. 画像に関連するあらゆる作業において, 私にとって GIMP は ImageMagick と共に無くてはならないプログラムだ.
「えー? でもベータ版でしょ?」という疑い深いあなたのために, こちらに gimp-1.1.x インストールのあらすじ を用意した. ただ, あらゆるユーザ, あらゆるディストリビューション, あらゆるリリースへの 網羅的な記事を書くのは, リリースのペースから考えても現実的ではないので, 対象読者としては, フリーソフトをソースからコンパイルしてインストール することに全く抵抗を感じず, プロジェクトのウェブサイトを チェックしたりして, 自力で情報を収集できるくらいのユーザを考えている. 動作中の 1.0 系を壊さずにインストールすることもできるので, ぜひ試して欲しい.
おっと, いきなり話がデカくなりましたが(笑). 映画「タイタニック」の製作で, 高品質のコンピュータグラフィクスを 作成するために Linux が使われたのは, 雑誌やウェブで報道されていたので, ご存知の方も多いと思う. Linux の性能, 信頼性, 柔軟性は, コンピュータの性能をフルに発揮させ ねばならない グラフィクスの世界でも, 十分通用することを示した 一例だと私は思っている.
私の個人的な意見としては, 最初のメジャーなアプリケーションが 総合画像処理プログラムだったことは幸いだった. 安定した高性能なカーネルは, コンピュータ グラフィクスのように マシンの性能を存分に引き出さねばならない用途にぴったりだからだ. また, ユーザ層という意味でも, これは歓迎すべきことだった. ワープロや表計算ソフトが主力のプラットフォームと コンピュータグラフィクスと開発環境が主力のプラットフォームでは, おのずとユーザ層が違ってくるからである.
幸いなことに, SIGGRAPH などでも Linux の注目度は高い. sgi もグラフィックワークステーションをリリースしている. Shade も Linux にやって来た. GIMP も今, まさに開発進行中だ. さらに, 次期カーネルに盛り込まれる改善, Linux が既に備えている強力なネットワークの機能を考えると, コンピュータ グラフィクス のための環境として, Linux が持っている潜在能力は極めて高い. だから, この分野でも Linux はもっと注目され, 盛り上がってもいい | 盛り上がるべき | 盛り上げよう ではないか.
デスクトップ が Linux のフロンティアだと言われて久しい. たしかに, 1999 年には, デスクトップでもめざましい進展があった. しかし, 私としては Linux が「ま」の付く会社のアレの代わりを務めるようになった風景 を想像したときに, かならずしも楽しい気分にはなれないというのが 正直なところだ. 仕事で上司に「Linux 使え」と命令されてしょうがなく使う. /home が noexec でマウントされているので, 好きなアプリケーションもインストールできない. もしこういう状況になったとしたら, フリーソフトのこんな悲しい使われ方も無いだろう.
デスクトップといえばオフィス スィート, そして「仕事仕事, あー忙しい」 みたいなイメージはあまりにも寒い. 寒すぎる. まあ, この意見には自分が gnumeric (GNOME の表計算プログラム) の使い方が解らないという僻みも 入っているのだけど, でも, そもそも, そんな寒いデスクトップで構わないのなら, 今でも十分間に合っているんじゃない?
私としては, Linux がデスクトップとして成功する時は, フリーソフトの持つ楽しさ, 自由, カッコ良さを大いに利用した 個性にあふれた楽しく美しい環境であってほしいと 願っている. 私がここでうるさく GIMP の宣伝をしているのは, そういう願いを持っているからだ. だから, Linux で画を描こう. また, Linux ユーザに, 画を描きたい/画の描ける人を引っぱり込もう. 「オフィス」もいいけど, 私としては「アトリエ」の方がいいなあ.